気づき

海外移住で苦労したこと、楽しかったこと

小室さんと眞子さんがニューヨークに旅立たれましたね。日本で大変な暮らしだったので、ニューヨークでは平和に暮らして欲しいなぁと思いました。

海外生活は心機一転のスタートにはもってこいですよね。人間関係も習慣も何もかも違います。

私も2001年10月10日にフィリピンセブ島の小島「カオハガン島」で10年間フィリピン生活を過ごしました。
その間にフィリピン人と結婚して、2人の子供が生まれてと人生の節目をセブ島で過ごしたと思っています。

今日はそんな海外生活を思い出しながら

特別な島カオハガン島に住んで慣れる期間があった
セブに移り住んで感じた孤独感とホームシック
辛い時にやさしいフィリピン人
海外移住したからこそ感じることがある

とみていって、是非皆さんもチャンスを作って海外に行って欲しいなぁと思いながら書いていきます。

特別な島「カオハガン島」に住んで慣れる期間があった

海外生活は0からのスタートですよね。
でも、慣れ親しんだことをリセットするのはかなり大変です。

私の場合は、とてもラッキーで初めて暮らしたのが日本人が所有している(正確に言えばその人の出資したフィリピンとの合弁企業所有)カオハガン島という場所でした。

そこの宿泊設備のマネージャーとして運営実務を任されるのと同時に95%以上日本人の宿泊客だった(ほとんどがオーナの著書を読んで体験したくなってくるから)ので滞在中のご案内をしていました。

つまり英語や現地語があまり話せなくても接客が大きなウエイトを占める仕事だったので楽に入っていけました。

その後セブ島で旅行会社に就職した時は、職場に日本人は私だけで言葉の重みを実感しましたが、コミュニケーションを取る大切さを考える時、日本人がいる職場や環境は入門では大切だと思います。

セブに移り住んで感じた孤独感とホームシック

カオハガンは3年の契約で働いていたので2004年3月に、縁があってセブの旅行会社に就職して、都会の一人暮らしを始めました。

と言っても料理は外食が多く、洗濯もセブはランドリーサービスがとても安くてそれを利用していたので、かなり楽な独身生活でした。

でも、感じたのが孤独感とホームシックです。

1日のほとんどを日本語を話すことなく過ごす日もあって、英語がまだ苦手で現地語が多少話せるくらいなら、深い話はフィリピン人とは出来なかったです。しかも彼らは根っからの楽観主義だから、どんなことでも「大丈夫!神様が何とかしてくれるよ」みたいな感じです。

一方で仕事関係で知り合う日本人とは、悪い人ではないのですが、

もういい大人で知り合う訳ですから本音をどこまで話せるか分かりにくかったです。

実家暮らしのころは、学生時代からお互いを知る友達がいて、その友人の前ではカッコつける必要もなく巣の自分で話せる環境がありました。

本音を話せない事大きなストレスなんだと実感する日々がこの時期だったと思います。

私はラッキーでカオハガン島で前任のマネージャーが推薦して下さって日本人会の理事としてコミュニティに属することが出来て、色んな方と知り合うことが出来ました。

その日本人会の中でカオハガン前任のマネージャーともう一人が同じぐらいの年齢のフィリピン人の奥さんで同じ年齢の子供がいて、いつも3家族で過ごすうちに本音を話せる間柄になっていきとても楽しい時間を過ごせることになりました。

辛い時にやさしいフィリピン人

一方で、いつもフィリピン人の優しさに触れることも多かったと思います。

フィリピン人は、ダメな人、困ったことになった人、悲しんでいる人に、優しいんです。

これをフィリピーノホスピタリティと呼んでいます。

それは、失敗しても
「大丈夫だよ!」
と必ずかばってくれます。

もちろん根拠もなく、単に可哀そうだからという理由で言っていると思うのですが、心が辛い時って理由なんていらないから、優しい言葉をかけて欲しい時があるんですよね。

向上心がないとか、問題の根本的な解決にならない、って場合でも、この何の根拠もない「大丈夫だよ」という言葉と優しい態度で心が救われることが多々ありました。

この考え方は日本ではあまり受け入れにくいと思います。日本の優しさは成長して問題解決出来ること。

だから激励をして直ぐにでも問題解決のアクションを求めます。それが本人も周りにもベストだと。

フィリピン人は今日はもう疲れているからいいよ!
又、明日のやろう。今日は美味しいもの食べて楽しもうよ!元気になってからやればいいやん!

これがボディブローのようにじんわり効いてきます。

海外移住したからこそ感じることがある。

フィリピンは合う人と合わない人がはっきり分かれる国だと思います。

年中真夏だし、蚊やゴキブリとかネズミもいます。
お店に行ってもおしゃべりばかりでレジは混雑しているし、言い訳ばかりで「ごめんなさい」をいわない人も多いからです。

でも美しい海に満天の星空やいつも笑顔で笑っているのに、こちらに

つらいことがあると自分には関係なくても一緒に泣いてくれる心根の優しいひとも多い

と海外移住して気が付きました。

住んでこそ、初めて見えることもあると思います。

そして、それは今住んでいるところとギャップが多いほど大きな気づきのことが多いと思うのです。

今の仕事をリタイヤするとき、フィリピンへ戻ろうと思っています。

「おかえりなさい!」

と笑顔で言ってくれるような気がしています。

 

竹原浩二

竹原浩二

38歳の時サラリーマンを辞めセブ島でボランティアと旅行会社勤務経験🌈 現在フィリピン観光省大阪勤務🇵🇭経験を生かし留学案内を大学や旅行会社で講演👨🏻‍💻起業しました。 自分の息子も不登校❗️フィリピンで子供を元気にする留学ビジネス企画中 ✨経験を音声やブログ毎日配信中

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