習慣・風習

20年前の自分が選んだことが今をつくっている

今日は10月10日ですね。ちょっと前までは1964年の東京オリンピックが開催された日なので、体育の日として祝日でした。

今年は東京オリンピック2020で祝日が動いていたので明日は平日ということ忘れていました。がっかりです(苦笑)

そんな10月10日は私にとって大きな分岐点であるメモリアルデーなんです。

実は20年前の今日、日本を離れて初めてのセブ島ボランティア生活を始めた渡航の記念日です。

この日からジェットコースターのように、それまでの人生と決別して、上下左右にゆさぶられながら、怖さで絶叫しつつも楽しんでいる人生を送れている気がしています。

あれから20年、、、
今日は20年で何がどう変わったかを自分自身も振り返りながら、次の20年を考えます。
次の20年は恐らく人生の締めくくりになるはず。

そこで今日は

*なぜ40歳手前で人生を変える決断をしたのか?
*マイノリティになることの強みと弱み
*20年をつなげてくれるのは結局「人」

という切り口で振り返ります。

そして結論は

人生を、水をやり、肥料をあげて農作物を育てるようにじっくり考え取り組んでいく

を再度心がけたいとおもいます。

なぜ40歳手前で人生を変える決断をしたのか?

自分を変えたいと本気で思えたこと

20年前では、40歳手前の転職はもう最後の最後でかなり不利なトライアルと思われているところがありました。

というか自分でそう思っていました。

でも、大失恋を経験して「自分の魅力」に強制的に向き合ったときに、「人がいい、優しい」だけではダメだと感じたのです。

まるで「自分の人生でなく、他人に気に入られる人生を選ぼうとしていたのかも、、、」って思えたのです。

そう感じると、40歳が人生の折り返しなら後半の人生をずっとこのまま同じように暮らしたくない、って気持ちが抑えきれませんでした。

やろうと思えば意外にやれた

大失恋のきっかけも、同じことでした。

「いい人だけど、男性としてではなくとても性格の良い気配りのできる友だち」からの脱却をしたいと思ったからです。

そして、恋愛成就の願掛けでトライした初フルマラソンのチャレンジをやりきれました。

人生でもっとも頑張ったことは、意外に簡単にやりきれたのです。
そのとき思ったのが「自分を変えることは、意外に簡単に出来るのかも?」でした。

納得を考えたときに、妥協が一番悔しい

一方で、やらないリスクもよく考えました。

大失恋は立ち直るのに長い時間を要したし、自信も粉々に一度は打ち砕かれて暗いトンネルを歩んだと感じています。

なんとかこの状況から抜け出したい、そう考える毎日でした。

そんなとき、何が「変わる」を一番邪魔してくるか?と考えたら出てきたのは「妥協」です。

出来る範囲だけで、出来ることだけをやり続けると、失敗も少ないし「楽」ですよね。
だから変わる必要がなくて、変われないのだと実感しました。
変われなければ、ずっとちょっと悔しいままだったと思います。

「あー大変なことがもう一回あっても変わりたい」

そんな思いからセブ島への求職活動を始めて、カオハガン島にペンションハウスのマネージャーと島民支援のボランティアをつかみ取る事だ出来ました。

マイノリティになることの強みと弱み

マイノリティに望まなくてもなった

セブ島で暮らすことになって感じたのは、私の選択は珍しいケースであることです。
離島で暮らすこと、ペンションハウスのお客様の90%は日本からの観光客だけで、海外に居ながら「日本の常識」がまかり通る状況でした。

それは海外生活初心者にとってありがたかったです。

当時は英語はあまり話せず、必死に勉強した現地のビサヤ語をわずかに話すだけで、文化も生活スタイルも実感出来ずにいました。

でも、一歩島をでてセブ本島にいくと、そこはリアルなフィリピン社会でフィリピン人同士の人間関係が法律やモラルよりも重視される社会です。

例えば書類をもらう為に市役所ですごい長い列に並んでいても、担当官と知り合いの人は順番を飛ばして書類をすぐもらったりできました。
周りも怒るのではなく、「知り合いがいるからしょうがないね。いいね」です。
これは文化の違いですが、その違いに対して文句をいえない少数派であることが、海外のマイノリティ生活です。

マイノリティの弱みは

マイノリティの弱みは、まさにこの後回しです。

日本では間違った事をしたらその場で注意するべきですし、周りの人に注意喚起する場合、わざと人前で注意することもあります。
でもフィリピンは間違った人に恥をかかせない為、人目につかない所に呼び出して、丁寧に優しく諭さないと受け入れてくれないことが多いのです。

その場で注意すると非難される場合があるということです。
フィリピン人は人前で注意する人もいますが、会社で立場が上でも、日本人が注意すると口では「Yes Sir」といいながら「何言ってんだ」と聞いてくれないことも度々でした。マイノリティからのお願いは何か伝える一工夫が必要でした。

マイノリティの強みは

一方でマイノリティの強みは、競争相手が少ないことですね。
数が少ない人をマイノリティと呼ぶのであれば、その経験をしている人は少ないのです。

私がフィリピン観光省という珍しいところで働けたのは、英語が多少は話せること、セブの言葉も話せること、セブで暮らして観光業に携わっていたこと、フィリピンの文化が好きであること、が考えられます。

かなりマイノリティの人だから、一般の日本人よりチャンスが多かったのです。単にTOIECの点だけなら選ばれなかったでしょうから。

ニッチな市場で勝負できるなら、マイノリティであることは強みを発揮します。

20年をつなげてくれるのは結局「人」

成長は一夜では成し遂げられませんよね。朝起きたらスーパースターになっていたなんで絶対にないことです。

だから、じっくり自分を成長させるために長く付き合うことが必要です。

草木も成長には水をやり、肥料を与えて、毎日ケアしていかないと育ちませんね。

自分自身にとって、お水や肥料は何だろうかと思えば、それはやっぱり「人」です

フィリピン人の明るい笑顔だったり、すぐもらい泣きする人の良さだったりします。

「いい人で優しいひと」のバージョンアップで締めくくりの人生を色鮮やかにできればと思います。

 

竹原浩二

竹原浩二

38歳の時サラリーマンを辞めセブ島でボランティアと旅行会社勤務経験🌈 現在フィリピン観光省大阪勤務🇵🇭経験を生かし留学案内を大学や旅行会社で講演👨🏻‍💻起業しました。 自分の息子も不登校❗️フィリピンで子供を元気にする留学ビジネス企画中 ✨経験を音声やブログ毎日配信中

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