気づき

セブとの出会い~1冊の本が変えた人生~

こんにちは!今日は聞かれていないけど、私の海外との関わりのきっかけの話をアップします。(笑)

海外で働きたいとか思っている人は意外に海外で働いている人がどうしてそこまでたどり着けたとか、その時の苦労や失敗を聞くチャンスが少ないのかも?と思いました。
だとしたら同じようなシチュエーションじゃなくても私の経験談が少しでも役に立てないか?と思います。

当時の気持ちを思い出しながら書いてみます。

1冊の雑誌で見つけた南の島

先日「正念場」で書いたんですが、マラソン完走後の恋のアタックはあえなく玉砕。分かりやすくポンコツ寸前に落ち込んでました。

当時、傷心の僕を気の毒に思ったのか、仲の良かった友達が良く飲みに誘ってくれたのですが、その彼女が夢中になっていたのがドルフィンスイム!でした。

「イルカと一緒に泳ぐだけで、嫌な事全部忘れてハッピーになれるよ」とキラキラした目で話してくれ、「これだ!」と感じたのです。

早速、彼女が参加したツアーの代表者に連絡して「ドルフィンスィムで感じる幸せ!」みたいな講演会を地元芦屋で開催する企画を立て提案しました。

幸運にも予定もOKで参加者も集めれば開催できるとの返事をもらい「初めてのイベント企画」を全く手探りで始めました。

結果は15人程度の小さな講演会でしたが、楽しいお話も聞けて大成功。次は自分がドルフィンスィムを経験しようとあれこれ妄想を繰り返していました。

そんなある日立ち寄った書店で見かけた雑誌「SINRA」はイルカの表紙で思わず購入!
パラパラと読んでいたらセブ島沖の小さな島を購入して「貧しくても笑顔で島で暮らすフィリピン人」の不思議な魅力を綴ったコラムが凄く心に残りました。

その島が後に働くことになる「カオハガン島」だったのです。


百聞は一見にしかず

それから毎月雑誌を購入してコラムを読んでいくと、その島がどんどん気になっていきました。

と同時にサラリーマン生活の限界を益々感じてきました。

当時、飛ぶ鳥落とす勢いで成長していた私の勤めるケーキ屋さんは社員に若い人が多い分、体力あるから普通に徹夜仕事が何日もあったのです。
又、夢があるケーキと言う商材を売っているのに営業会議は「どんな事をしてもライバル店に負けるな!」と勝ち負けばかりに拘ったりでずっと違和感がありました。

そして出世街道と言う意味で、私は若干「負け組!」だったので、役職者ながら上司から文句を言われる事が多かったです(苦笑)

そして西暦が2000年になり、21世紀には新しい人生を歩みたい願望が膨らみまくって、ついに10月に休みを取って実際にその島へ旅行に行ったのです。

随分休みを取りにくい雰囲気の会社でしたが、そこは開き直って「国が保証する労働者の権利だ!」と思い切ったのが良かったです。

きっとそれが2回目の正念場で今に結びつきました。

憧れの島の現状を
「百聞は一見にしかず、島をこの目で見てみよう!」
ついでに
「だめもとで、島で働けるか?オーナーに聞こう!」

妄想が雪だるまのごとく、どんどん大きくなっていきました。

島のオーナー崎山克彦さんの課題に玉砕、しかし…

憧れだったカオハガン島での過ごし方は本当にリラックス&のんびりでした。

当時働いていた日本人マネージャーの方には「何もしない贅沢を味わって下さい」と言われました。

シュノーケリングをしたり読書をしたり昼寝をしたりと島でリラックスしながら休日を満喫出来ました。
そして最終日の午後まったりした時間を過ごしているとオーナーが現れ2人きりでの雑談タイムが突然訪れたのです。

「これはきっと神様が与えてくれたチャンスだ!無駄にしたくない!」

と思い思い切って

「今の会社を辞めたいと思っています。島で働くことって出来ますか?」と直談判。

当然島のオーナー崎山さんからの返事は

貴方は英語が話せますか?
この島で働く為のビジョンは何ですか?
何が出来るのですか?

と聞かれ1つもまともな返事が出来ずあえなく玉砕でした。

もう玉砕に慣れてきました(笑)

でもこの頃から本当にあきらめが悪くなり120%努力して駄目なら仕方ないけどそこまでは頑張る!と言う回路が出来上がってきました。

そして思いついた事が3つ!
これで駄目なら諦められると自ら出した課題が

  1. 【語学力】英語を勉強する
    ボーナス全て使い駅前留学を帰国後開始「Hello!my name is 」レベルから

  2. 【ビジネス提案】集客プラン作成への独学開始
    当時段々使われ始めたインターネットでホームページを使って販促

  3. 【体力】再度マラソン挑戦
    今度は同じ大会の100km部門 海外生活を乗り切る体力をつける為

を掲げて動き出しました。

特にマラソンは完走出来なかったら別の大会でもともかく100kmマラソンを完走するまで「島へは行く資格なし」だと自分に言い聞かせました。

毎日英語に、集客提案書作成に、そしてランニングに精を出しながら、カオハガン島へはその後の半年で3回訪れて自分なりに色々な島の顔を感じ取ろうとしてたのでした。

諦めなければ形になる

今年58歳になるのですが、今思い返してもこの2000年から2001年、つまり20世紀から21世紀に移るその時が一番思いが強く努力したと思います。

人生の節目でした。

3つの課題は自分なりに全てクリアして、2001年の7月に崎山さんが鎌倉の実家に一時帰国された時に、最終打ち合わせを行ってセブ島移住が決まりました。

嬉しかった!

結局ドルフィンスィムは一度もすることなく回りまわってセブ島にたどり着いたのです。

過去の栄光はすがるものではなく、未来を創造する物差しだと思います。
理想を「夢」と言い換えるなら、どんなに努力しても叶わぬ夢はあるけれど、諦めず前を向いて歩いていけば、納得する形に収まるのではないか?と信じています。
今までそうなってきました。

憧れて暮らし始めた島は理想ばかりではない現実もあったけど、今でも大切な思い出の島です。

20年も前の話だけど、思い出すだけで今でもワクワクするいい経験を自分で作ったと思っています。

一連の出来事を自信にして、何でも乗り切ろうと鼓舞出来ると思っています。

振り返ると海外に興味を持ちだしてから移住まで4年 掛かってます。カメの進み方が僕のスタイルかも(笑)

そしてセブ移住から20年の今年から「最後の夢」に向けて動き出しました。
その為にいくつかの手に入れたものを捨てて、新しい事が収まるスペースを
作ろうとしています。60歳に「赤いちゃんちゃんこ」を着て、夢が形に収まるお祝いを迎える為に、

この2年間はテンション上げて頑張ろうと思います。

たけのお勧め作品

昔は賭け事ばかりしていたカオハガン島の女性が、島のオーナー崎山さんの奥さん、吉川順子さんからキルトづくりの事を教わると、賭け事をやめて島の一大産業となったオリジナルのキルトに関する本
島の様子も書かれていて読むと行きたくなります。

竹原浩二

竹原浩二

38歳の時サラリーマンを辞めセブ島でボランティアと旅行会社勤務経験🌈 現在フィリピン観光省大阪勤務🇵🇭経験を生かし留学案内を大学や旅行会社で講演👨🏻‍💻起業しました。 自分の息子も不登校❗️フィリピンで子供を元気にする留学ビジネス企画中 ✨経験を音声やブログ毎日配信中

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