日記

2023年を迎えて

皆さま、明けましておめでとうございます。

毎年の抱負を描き続けていて、昨年度は公開しなかったのですが、公言しないと甘えが出てしまうと感じて、今年はこうやってお知らせすることにしました。

物事はそう簡単に思ったように進まないことは60年生きた中で学んできたつもりでした。

しかし、コロナかで全くの想定外な世の中で、自分自身が目を外らしてきた自分の弱い部分を浮き彫りにしてくれたと思います。

それは還暦を迎えた昨年に多く浮き彫りになりました。

今まで還暦は原点に立ち戻る、大安の年だと思っていました。「赤いちゃんちゃんこ」でお祝いするのがその証だと思っていたのです。

でも還暦の年男は、暦の上でも、実際にも厄年だったのです。辛い事が多かったなぁ、、、

2022年の振り返り

実は2021年から不吉な風が吹き出していたのでした。

2021年5月に新しく本国から来た上司は、マーケティングの才能がありアイディアが溢れる天才肌だったのですが、いつもコロコロ違うアイディアを思いつくまま言い放って一貫性がなく、また、自分の思う通りにしないと気がすまない性分で、自分以外は信用出来ないと公言するような人でした。

お陰でこの2021年5月から2022年の6月まで、仕事で気苦労が多くて振り回される中で、体調を崩して鬱を患ってしまったのです。

タフだと思っていた自分が、、、という感じでした。

まだ良かったのは、この上司がフィリピン大統領選後の昨年6月に急遽本国に帰国となったことです。

しかし、当時は毎日頭痛が酷くて、クリニックに行ったのが4月だったのですが回復するまで半年ほどかかりました。
上司が帰国したからと言って直ぐには回復しないのだと改めて健康について大切さを実感したのでした。

治療通院が終わっても体力、気力の衰えを感じる中で、せっかく新しい上司になって「張り切る上司」に対して、凡ミスが多くて仕事の自信も揺らいだのが9月以降でした。

旅行業の回復で急にやることが増えているのに、日本人スタッフの欠員のまま対応せざるを得なかったことも、うまく立ち回れなかった要因だと思います。

家庭でも年初に年頃の娘と大喧嘩で3ヶ月ほど口を聞かない関係が続いて居心地の悪い家の状態が続きました。

ようやくその事は解決したのですが、目の前には5年近く不登校だった息子の高校受験で志望校すらなかなか決まらず、ずっとハラハラ、イライラが続いていました。

経済的にも残業や出張がコロナでなくなり減収が続く中で子供の成長に合わせて出ていくお金ばかり増えてきてお金の心配も心をすり減らした日々が多かったです。

そんな苦しい中で、9月に大きなチャンスに出会いました

それは今話題になっているものの、実際にはあまり理解している人が少ない「NFT」との出会いです。

日本は海外とは違うNFTの展開の道を進んでいるようで、海外がNFTの投資的な側面に着目しているのに対して、日本はコミュニティ形成の側面が大きいのです。

言い換えると、海外では株の様に安く買って高く売り利鞘で儲ける感じに対して、日本はファンクラブ会員権の様な扱いで「レアな会員権というNFT」を持っているだけで、その会員に選ばれたことが「羨ましく名誉な事」と思われるのが魅力だということです。

私が関わったNFTのコミュニティは、日本でいちばん大きなコミュニティの中の派生グループです。

そのグループの特徴は、フィリピンで「NFTを使ったオンラインゲーム」で利益を出して貧しい人たちを応援しようという社会貢献的な要素を持つことです。
私の観光省という立場や知識が強みとして発揮できそうな感じでした。

実際に2年前にはフィリピンで別のオンラインゲームでNFTをゲットして収入を増やすゲームが流行っていて、決して夢物語ではないのです。
そのゲームは諸事情で今は下火になってしまいましたが、市場に関しては強い可能性を秘めていると思います。

今はそのコミュニティのコアメンバーとしてNFTの普及に一役担っています。

そんな2022年をまとめてみると

悪かったこと
*健康とくに精神的な面で体調を崩してしまった
*家庭内でのコミュニケーションが十分でなかった
*仕事面で思うような成果を出せなかった

良かったこと
*ようやく体調を整ってきた。
*娘に彼氏が出来て明るくなった。息子は進路が早々に決定した。
*本業の観光が段々復活の兆しを見せてきた。

そしてKeyになるのが

NFTという新しい流れに素早く合流できた

ということが挙げられます。

2023年から始まる激動の変化

コロナや戦争で感じた、「諸行無常」は更に加速すると思います。

世に中は、何一つ永遠に続くことはなく、物事は全て変化していくことです。

一方で60代になり、衰えていく能力を考えるとこの10年で人生の「チャレンジ期間」は実質的に終了するでしょう。

そういうことを考えながら今年の目標とスローガンを決めました。

2023年度目標
本厄の年に見つめ直した道を、今年は飛躍に繋げていく
行動目標
悪い時に見えた課題と自分の長所を、ひとつずつ丁寧に向き合う

これを「家庭」「仕事」「環境」の切り口で考えます。

意識するのは

原点の夢を基軸に、ブレないように考え行動する時間と余裕を捻出すべきだ

と考えています。

家庭では

この3年で集大成のフレーズに入ると考えています。

これからの3年で娘と息子が高校を卒業します。
長かったような、早いような、不思議な感覚です。
幸い娘は高校生活を楽しく過ごし、素敵な彼氏が出来て自立ということを親も感じさせられる様になっています。
息子も一時は不登校で本当にどうなるのだろう?と心配していましたが、大好きなゲーム科のある学校でプロゲーマーのスキルを磨いていきます。

そうなった時、嫁との関係をどうしていくのか?母と父の役目に区切りをつけた後のある意味「再構築」を考える時期でもあるでしょう。

そして、私がフィリピンから日本へ帰国を決めた一番の動機である「両親への恩返し」も最終局面となるでしょう。
元気だった86歳の父は日に日に弱ってきて、84歳の母は覚悟を決めている様にも見られます。
未来のことはわかりませんが、いちばんしっかりと向き合い、1日1日を大切に過ごすことが大切だと実感しています。

そして、経済的なことも考えないといけません。息子の学校は大学並みの授業料です。
恥ずかしながら、蓄えのない自分たちが、どうやってこの10年を乗り切るか?も大きな課題の1つです。

仕事では

こちらも最後の10年になります。流石に70歳の体力と気力では大きな変化の渦をつくるのは、難しくなると感じています。

一般的な定年と言われる「65歳」を通過するまでにスタートダッシュする必要があります。

そのために

① 観光省の仕事で幅広い人脈を作り、信頼と信用を構築していくこと
② 昨年提出した留学に関する個人事業主としての仕事を進めてマネタイズまで持っていくこと
③ NFTに関して保険的なマネタイズを考えること

を取り組むことが必要だと考えています。

環境では

衰える体力と充実させたい仕事のバランスを考えるだけでなく、実践する事がポイントになります。

だから

[えせGIVER」にならないように「本物のGIVER」を意識します。

時にTAKERをもっとしっかり見極め、毅然とした態度を取らないと振り回され、時間を失います。

そしてWeb3の時代に対応して輝く『Webおじさん』として活躍する場にどんどん飛び込んで、そこを主戦場にします。

そしてコロナで実感した「1つに依存しない」やりがいと収入の場を確立していきます。
まさに世の中は「自立分散型」に向かっているからです。

綺麗事と絆を大切にする世界で心安らぐ

フィリピンから日本に帰る12年前に決めた(見つけた)夢は

家族同士が心を通い合わせて、思いやりを持って助け合う生活を行うこと。
目先の事にとらわれず、長い目でみた生活の安定と心の安定を確保すること
人さまの役に立ち、感謝をされる行動を常に取れる立ち場意思を持ち続ける事

です。
我ながら12年経っても変わらないのは、よく出来たものを考えられたと思います。

そして
イケハヤさんやしゅうへいさんなど多くの時代をリードしていく人が口を揃えていっているのが、

Web3の新しい価値観は、

力ではなく、理念だったり、優しく暖かいことだったり、

が基軸になっていると思っています。

私は幸運にもフィリピンのホスピタリティを通じて、そのことに触れる機会が多かったと感謝しています。

「終わりよければ、すべてよし」

人生の締めくくりのフェーズに入った私には一番大切なことだと心して、2023年を過ごしていこうと思います。

皆さま、今年もよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

竹原浩二

38歳の時サラリーマンを辞めセブ島でボランティアと旅行会社勤務経験🌈 現在フィリピン観光省大阪勤務🇵🇭経験を生かし留学案内を大学や旅行会社で講演👨🏻‍💻起業しました。 自分の息子も不登校❗️フィリピンで子供を元気にする留学ビジネス企画中 ✨経験を音声やブログ毎日配信中

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