日記

Take 自己紹介

始めまして。Noteのブログからこちらへ引っ越しをしたくて、多少の手直しをして再度アップしています。

ブログを書き出したのは、コロナで翻弄される世の中でしっかり生きていく為に、自分を振り返り整理する為です。
そして、記事にまとめると意外に新しい発見があることを経験してきました。

それが少しでも皆さんの息抜きやヒントに繋がれば嬉しく感じます。どうぞよろしくお願いいたします。

ローラーコースターの様な人生のあゆみ

私は少し変わった経歴を持っています。
実は今年58歳になります。フィリピンとのかかわりは38歳からでした。

プロフィールにも書いていますが、大学卒業して有名な芦屋のケーキ屋さんに営業で就職して15年務めました。

でも、阪神大震災で価値観が大きく変わって2001年退職してフィリピンのセブ島沖にある「カオハガン島」で3年ホテルマネージャーとして働きながらボランティア活動をしたのです。

3年契約で入ったので契約が終わった2004年にセブで働きたい気持ちから現地セブ島で就職先を探して旅行会社で働くことになりました。

そして2006年に20歳年下のフィリピン人と結婚して2人の子供に恵まれ「永住するんだろうな」と思っていたのに2011年に実家の芦屋へ家族全員で移住。

2014年からフィリピンの政府機関である「フィリピン共和国政府観光省 大阪事務所」と言う所で振ってわいた様に働くことになり今に至っています。

本当に頼りない自分ですが、どういう訳か人に面倒を見てもらえるツキを持っています。
大卒で務めたケーキ屋さんから観光省まで13年間で5回転職したのですが、全部人の紹介での転職なので無職は0日です。
ありがたや!ありがたや!(笑)

サラリーマンで居続けたより自分らしい人生を送れているかな?

ちょっと「かっこいいよね、あの人の人生」と言われたいスケベ心は否定出来ない所はあるのですが、大富豪ではなく日々の生活を一生懸命やりくりしながら暮らしている毎日です。

でも、いつも思うのですが「あのままサラリーマンを続けているより、思い切って動いてみて、結局は今も納得できる生活を送れているような気がする」と言えます。

サラリーマンが悪いわけではないし、転職ばかりを進める訳ではないけれど、どうして友達に助けてもらえながらここまでたどり着けたかを

今コロナ禍で価値観が大きく変わる中で、経験値を武器にしてさらに納得できる人生を送りたい。
今まで友達が彼らの経験をアドバイスに助けてくれた様に恩返しの為に自分の経験をシェアしたい

と思い、今日からこのブログで心境を綴りたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

竹原浩二

竹原浩二

38歳の時サラリーマンを辞めセブ島でボランティアと旅行会社勤務経験🌈 現在フィリピン観光省大阪勤務🇵🇭経験を生かし留学案内を大学や旅行会社で講演👨🏻‍💻起業しました。 自分の息子も不登校❗️フィリピンで子供を元気にする留学ビジネス企画中 ✨経験を音声やブログ毎日配信中

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